October 30, 2008

【質問】
 英国人はどれだけ紅茶に拘るのか?

 【回答】
 紅茶のブレンドと言うのは,地酒や地ビールと同じで,その土地の水に合わせたブレンドが為されるそうです.
 ですから,英国でお土産にBrooke BondのPrince of Walesを買ってきて,日本で飲んでも実は余り美味しくなかったりと言う現象が起きます.
 これは,欧州の方は硬水なのに対し,日本の水は軟水であり,ブレンドが軟水用に成っていない為だからとか.

 また,飲み方でも欧州の場合は,大抵がミルクを先に注いで,その上から紅茶を注ぎます.
 この為,色味,味,コクなどはミルクが入っている事が前提です.
 そのミルクも,欧州市場向けの場合は低温殺菌牛乳でないといけません.
 Liptonの紅茶のテイスティングや袋詰めの工場は,主にSri Lankaにありました.
(後に国営化,今は民営化され,民族資本が経営している)
 しかしSri Lankaは熱帯ですから,こうした低温殺菌牛乳の調達には非常に苦労するそうです.

 Earl GreyのEarlは伯爵と言う意味.
 これは1830年にホイッグ党から久々に英国首相となったCharles Greyから来ています.
 彼が首相だった1830~34年に,中国の武夷山から摘まれたお茶と言う触込みで齎され,正山小種と言われたそれは,英国にはブラックティーとして紹介され,仄かに松の香りが漂うものでした.
  Grey伯はこれを気に入り,Twiningsなどの茶商に購入を依頼します.

 最初はその正山小種が輸入されていたのですが,需要に供給が追いつかず,後に,Twiningsが本物の正山小種に似たものとして,普通の中国茶葉にベルガモットオイルを使って香りを付けたのが,Earl Greyと命名されました.

 でもって,正山小種はLapsang Souchongと呼ばれます.
 そのLapsang Souchongは,松で燻蒸したもので,松ヤニの香り,口の悪い人に言わせると,正露丸のクレオソートの香りが漂うもので,非常に好き嫌いの分かれるものです.
 Earl Greyが嫌いな人は,先ず嫌いなお茶になるでしょう.

 このお茶は,元々福建省の最も北側に当たる武夷山桐木村で摘まれた茶葉から作られたものでした.
 この村には可耕地が少なく,村民は日々の糧を得る為,宋代の末期から自生している茶の木の葉を摘取って緑茶に加工して,それを商人に卸して生活していました.
 紅茶を作り出したのは,明代末期から清初期の事.
 その茶葉が英国に輸出されていたのが,18世紀から19世紀にかけてだったそうです.

 この桐木村で作られた茶葉は天然品で,この茶葉の事を「生成の品基」と呼び,それ以外の茶は人工的に栽培されたもので,「作成の外山」と呼ばれていました.
 ところが,余りにこの「生成の品基」の人気が高かった為に常に品薄となります.
 そこで商人達は,「作成の外山」の茶葉を加工して正山小種紅茶として輸出した訳です.

 で,この茶葉の方が絶対量が多いですから,何時の間にか偽物が本物になってしまいます.
 其の上,正山小種品種の風味を知っている英国人が代替わりすると,名前だけ残り,本物がどんなものだったのか,本当の味はどんなものだったのかと言う記憶が忘れられ,失われてしまったのです.
 更に清末期以降,相次ぐ戦乱によって原料茶葉の出荷が止った事もあり,益々偽物が氾濫していった,と.

 本来の正山小種紅茶は,揉んだ茶葉が自然発酵し,それを止める為に火入れをする際,松の木を燃やして乾燥させた際に,乾燥室内部にその煙が侵入して,仄かに松の香りが付くのですが,Lapsang Souchongと呼ばれるそれは,一旦出来上がった紅茶を水に一度浸し,それを燻煙する様にしています.

 正山小種紅茶の香りは本来,竜眼と言う茘枝に似た果物の香りなのですが,硬水で茶葉を煮出すと,淡い香りしか漂いません.
 まして輸送により4ヶ月も経っているので,更に香りが希薄になっていたと思われます.

 英国の消費者達は,その香りは本来もっとするものだと考え,本当の香りのする茶葉を東インド会社に求め,東インド会社は中国の輸出業者へ,輸出業者は,生産者達へそれぞれ要求を伝えていきました.

 で,生産者は考えた.
「元々,この茶葉にはこんな香りしか付かないが,もっと強い匂いって何なんだ?」
と考えた末,彼らの出した結論は,燻煙で付いた松の匂いをもっと増やすという事になった訳です.

 斯くして,燻煙された茶葉が英国に齎されます.
 人々は,「こんなものか?」と思ったのでしょうが,そこはそれ,中国の武夷山と言う,紅茶の原産地から齎された神秘的なお茶です.
 結局,彼らはそれを有り難がって飲む事になりました.

 即ち,消費者,中間流通業者,生産者の三者に誤解と錯覚があったのが,悲劇の元なんですけどね.

 因みにLapsang Souchongは英国では,最も気取った時に注文する紅茶だそうです.
 何か笑えますね.

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